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7億円当てるまで書き続けるブログ

石油王のみなさーん! お知恵拝借!

リトルカブで高知に帰省した話、2日目。

以下、2012年9月19日の日記。前回の続きです。

というわけで2日目、完結編です。1日目で渥美半島の付け根、田原市まで来たわけですが、2日目では伊勢湾をフェリーで渡り、紀伊半島を縦断、そして和歌山から徳島までフェリーで渡って、ついに高知まで到着します。

まず、GPSログを表示してみるとこんなかんじ。

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1日目ではネットカフェで寝ましたが、朝6時に起床して、荷物を纏めてさあ出発です。

泊まっていたのはアプレシオ 田原シティホテル店だったのですが、ここは名前の通り田原シティホテルというホテルと同じ建物に入っていて、ロビーの右側にアプレシオが、左側にホテルがあるというお店。そして、ここの素晴らしいところは、そのホテルと同じ朝食を食べられるところなのです。ホテルに宿泊していたサラリーマン風の人たちと同じテーブルで、バイキング形式で用意された料理を取って食べることができます。これで料金はナイトパック8時間利用の1800円。いやあネットカフェってほんとうにいいもんですね。

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ネットカフェでの朝食。

そしてフェリー乗り場を目指して渥美半島の先っちょへと向かいます。渥美半島は思っていたよりもずっとなだらかで、平坦な道が続きました。陸地といえば山、半島など山脈であるという偏見を持った四国人には、少しばかり意外でした。浜沿いを通る道はときどき建物もありましたが、ずっと農地が広がっていて、本当にフェリーに行けるような道なのかとそれなりに不安を覚えたものです。

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なんだかんだで、伊良湖岬フェリー乗り場に到着したのは7時46分。伊勢湾フェリーの第1便は、8時10分発でしたので、結構ギリギリになってしまいました。原付のナンバーすらも控えられないという適当な受付を済ませ、その辺りにいたおじさんと談笑していたら、すぐに搭乗開始。同じようにバイクに乗っていたおっさんとの会話もそこそこにして、仮眠を取ることにしました。フェリーの揺れもあり、あまり寝られないと思いきや、すぐに眠ってしまいました。

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起きた頃には、既に下船案内の放送が。急いで荷物をキャリアに詰め込んで鳥羽港に降り立ち、鳥羽港で荷物を整理したら、伊勢に向けて走りました。次の目的地は、伊勢神宮。時間の都合上、内宮のみに向かいます。ということで、三重県道37号を抜ければ、そこはもう伊勢市。電信柱を見ていると、赤福の広告しかありません。さすがでした。

松山市から来ていた原付と伊勢市の原付の間に調布市の原付を停め、順路どおりに参拝を。巫女さんに交通安全のお守りを売ってもらい、正宮の方へ。なぜか鶏がいたり、正宮はちらっとしか見えなかったりでしたが、お賽銭は500円と奮発して、道中の安全を祈願しました。

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そして、伊勢に来たらやっぱりこれだろう、ということで赤福を。あまりゆっくりすることはできませんでしたが、心を落ち着けることが出来たお伊勢参りでした。

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伊勢を出たのは11時頃になってから。三重県道38号線や、国道42号線なんかを通りつつ、奈良の吉野を目指しひたすら西進です。お昼ご飯は道の駅奥伊勢おおだいにて購入したさんま寿司を食べました。

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心配していた雨もここまでは降っておらず、これもお伊勢様のお陰かと安心しきっていたのですが、ここにきて急に豪雨。カッパを持っていなかったのでそのまま走っていたのですが、幸いにして20分くらい進んだところでやんで、太陽も出てきました。太陽のなかを原付で走っていると、数十分後には服も乾いてきていたのですが、また豪雨。乾いてきたのになんでじゃー! と叫びつつひたすら和歌山に向けて走りました。

和歌山県に入った頃には15時半。ここからは国道24号線を和歌山に向かって一直線です。50分くらい走ると、コーナンが。ここでようやくカッパを買い、これからの雨に備えて、雨が降ったらすぐに着られるようにスタンバイ。しかしながら、ここから和歌山港まで全然雨が降らなかったのです。いや、いいんですけどねそれで。

対向車線の原付が速度違反でパトカーに捕まっているのを見つつ紀伊山地を下り、和歌山港についたのは18時。次発は19時10分だそうなので、そのへんをふらふらしていると、いやに目に付くのぼりが。そういえば、南海フェリーには公式キャラクターがいるのだと聞いたことがありました。聞いたときには、とってつけたようなキャラクターであって、そんなに推しているわけではないとおもっていたのですが、駐車場道路側ののぼりに始まり、ターミナルに貼ってあるポスター、配布しているパンフレットに、果ては時刻表にまでこのキャラクターが。南海フェリーの本気というものを知りました。

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この写真の方の名前は阿波野まいさん。幼なじみの高野きららさんと一緒に和歌山徳島航路をアピールしているそうです。丁度同年代だった、相模原から来ているというバイク乗りさんとのアニメ談義に花を咲かせつつ、フェリーに乗り込みました。この時点で眠気が酷く、船員さんに説明を受けるときも話半分になってしまい、乗り込みの順番を間違えたり、停める場所を間違えたりと、もう散々。というわけで、フェリーに乗ると同時に仮眠を取りました。

やはりぐっすりと睡眠を取り、下船のアナウンスに起こされました。徳島着は21時30分。お腹が空いたので徳島市内のラーメン東大で徳島ラーメンを食べ、一路高知を目指します。ここで雨がぱらついてきたのでさきほど購入したカッパを着て、暗い夜道をひたすら阿波池田方面に向かいました。

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阿波池田の辺りについたころには翌午前1時。国道32号線はもう何度も通った勝手知ったる道ですから、眠気はそれなりにあっても、また、雨が降っていても構わず、高知方面に進みました。しかし、やはりしっぺ返しを喰らいます。午前2時頃、高知県境に差し掛かり浮かれていました。県境標識の写真を撮ろうとして路肩にカブを停めようとしたのですが、路面は濡れて、路肩には段差が。やはりというべきか、転けてしまいました。幸運にも、後ろにトラックは来て居らず、車体に傷も付けずに転けることが出来たのですが、足を変な方向に捻ってしまったのか、臑の痛みを数日残すことになってしまいました。

そんなこともあったので、それからは慎重に慎重を重ねて、高知方面へ。大杉を過ぎた辺りで、このトンネル見たことねえぞ大丈夫かほんとにここは高知かだとか不安になりながらも進むこと3時間。根曳峠も逢坂峠も越え、ついに高知市に入りました。実家に到着したのは午前4時、東の空も何となく明るくなってきた頃でした。

なぜだか居間で寝ていた家族3人を起こさないようにひっそりと荷物を運び込んで、雨で冷え切った体をお風呂で暖めて、やっと就寝。朝起きると、家族3人は既に居らず、実家に帰ってきたのにもかかわらず物寂しい朝でした。

というわけで、2日目の走行距離は485km。21時間30分掛けて走りきりました。燃費は54.4km/L。四国山地の険しさには畏れるばかりです。2日間のGPSログを地図上で表示するとこんな感じ。

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そこまで考えたルートでは無かったのですが、調布から平塚に南下するルートと阿波池田から高知に南下するルート以外は意外と直線的で、上手い具合に来れたのでは無いかと思います。

それにしても、今回の反省点は時間に尽きます。もし次回があれば、もっとゆっくり各地を観光して、もっとぐっすり寝られるような日程で行きたいものです。それから、30km/h制限を守らなくても良いように、できれば二種原付で。